こんにちは。
生きてる判断基準はどこにあるんだろうと
子供の頃からの疑問をまた考えている
ライフコーチのおぎのです。


さて、NLPを学んだ時に教わった
基本前提の一つ。


相手の反応がコミュニケーションの
成果である。


これを読んであなたは何を感じるでしょうか?


コミュニケーションがうまく行かなくて
感情的になっている時は
つい「相手が悪い!」って思いたくなりますが

冷静になるとただお互いの相手理解が
足りなかっただけだなと落ち着きます。


相手が受け止めて欲しいように
受け止められなかったり
受け止めたつもりだけど
それが相手にわかるように伝わっていなかったり。


伝わっていなければ伝えていない事と
同じだと個人的には思っています。


相手の反応は相手が決めること。


これまで相手をコントロールすることはできないのに
期待通りの反応が得られなくて
がっかりしたり、怒った事は数え切れません。


不思議なもので同じことをされても
自分が加害者側なのか被害者側なのかで
感じ方は違うものの
その根っこにあるのは自分は悪くない
という思いでした。


頭では自分の置かれている今の状況を
相手は知らないんだから仕方ないと分かっていても
親切にされた事が煩わしく感じる時があります。


そこに「あなたは一人ではできない」、
「あなたのやり方は間違っている」、
「私のことを必要としてほしい」、
というような無意識のメッセージやエゴを
感じたからです。


それでもコミュニケーションがうまく行かなかった時は
相手がどのように受け止めたのかを
確認する必要があるのかなと思いました。


そしてこの記事を書いている矢先に
身近で立て続けにいざこざがあり
そのうちの二人はメールだけのやりとり
一人は電話で直接話しました。


わだかまりがすっと溶けたのは後者です。


自分の非を知るかもしれないときに
それでも歩み寄る事ができるかどうかは
誤解が生じた時に問題を大きくしてしまうかどうかの
分かれ目であるように感じます。


相手の反応がコミュニケーションの成果である。


まだまだ耳が痛い言葉ですが
ペーシングと相手理解を極めるために
失敗しても次に生かします。


それでは、また!